
「ジャズの専門店ミムラ」店主であります、夫 三村晃夫は、7月29日、急性心不全により急逝いたしました。28日夜、梅田の「ロイヤルホース」で友人の方々とライブを楽しんだ後の事でした。帰りの京阪電車内で倒れ、懸命な救命措置のかいなく、一度も意識が戻る事なく逝ってしまいました。あっけなく…。
子煩悩で家族思いのよき父親、よき夫でした。
お父さんのおかげで私達家族は幸せでした。
せめてひとこと、最期に「ありがとう」と伝えたかった。
桂南光さんに力強く背中を押していただき始めることが出来ました「ミムラ」は、開店して8年になりました。最初は「ジャズだけの店なんてムリやろ、無謀やね〜」と周りから大変心配されました。私も内心、いつまで続けられるかなあ…?と思いながらも、やりたい事をあきらめ後悔して欲しくはないと思い、「だめだったらだめでいいじゃない、やってみたら」と。でも一番不安だったのは主人に違いありません。
そんな不安なスタートでしたが、じわじわとお客様がお客様を呼び、固定のお客様が増えてゆきました。新聞やテレビで取り上げていただいた事も大きかったと思います。
主人にとってお客様はお客様であると同時に、同じジャズを愛する仲間であり、友人だったのではないかと思います。そんな多くの仲間に見送られながら旅立っていった主人は本当に幸せ者です。主人を支えて下さった皆様の御厚情に深く感謝いたします。
棺の中のその顔はとても安らかで、かすかにほほえんでいるように見えました。
ジャズに出逢えてよかった。そして皆様に出逢えて本当によかった。
今までありがとうございました。
妻 三村玲子
追伸
近日中に「閉店セール」を行いたいと思っております。
後日、日程等は決まりしだい当ブログにてお知らせいたします。
葬儀ではRKK熊本放送のラジオ番組「ジャズの専門店」で
四年近くに亘り三村の相手役を務めてきた、同局の福島絵美アナウンサーから
ご弔辞をいただきました。三村さん
今あなたの御霊前に向かい、お別れの言葉を述べなければならないとは、思ってもいませんでした。 ちょうど二週間前の日曜日、いつものように番組の収録を済ませ、笑顔で「また来月やね!」と、手を振って帰られたのに、こんなにも急に逝ってしまわれるとは、今でも信じられません。
あの笑顔と、マイクの前でジャズを熱く語るその姿を、もう二度と見ることができないなんて…。 今夜も十時半になったら、「ジャズの専門店」が始まり、RKKラジオから三村さんの声が流れます。 急にお亡くなりになったことをお伝えして、番組は放送することになりました。 そして十一時半になればポッドキャスティングで、日本中の三村さんファンが番組を聴いて下さることでしょう。 今夜はちょうど、放送二百回目。この十月で、番組開始から丸四年になるのを楽しみにしてらしたのに、本当に残念です。
ジャズをこよなく愛した三村さんならではの選曲と、いつもミュージシャンに温かく、応援する気持ちに溢れる、判り易い解説。そして、お茶目な楽しい関西弁のおしゃべりで、多くのファンを作りましたね。私もその一人ですよ。もっともっと、一緒に番組を続けたかった。お付き合いをさせていただきたかった。 せめて、もう一度だけお会いして、月一回の収録がどんなに楽しかったか、その想いを伝えたいのですが、それは、もう出来ないのですね。
三村さんは、収録の合間に、奥様のこと、三人のお子さんのこと、おじい様のこと、家族の話をいつもして下さいました。子煩悩で教育熱心で、そして、家族想いの三村さんは、番組のことだけでなく、家庭のあり方、こどもの教育など、いつも私の相談に乗って下さり、たくさんのアドバイスをして下さいました。心から感謝しています。
三村さん。あまりにも早く旅立たれて、残されたご家族のことが、とても心配だと思います。三人のお子さんが社会人になられる姿を、さぞ見届けたかったことと思います。残念で残念でたまりませんが、これからは、どうか天国からご家族を、やさしく見守ってあげて下さい。
熊本放送 福島絵美